金武方言の概要
金武方言は、沖縄県金武町の金武集落と並里集落で話されている沖縄語の地域変種である。沖縄語は北部方言と中南部方言の系統に分岐するが、金武方言は北部方言の系統に属する(ローレンス2006)。 流暢な話者の多くは、祖父母世代以上の高齢者である。年齢別人口などから、話者数は1000人前後と推定される。
金武方言の音声
音声的な特徴としては、語頭破擦音の摩擦音化がみられることや(例:「さー(お茶)」、「しー(血)」、「すぶ(壺)」)、日本語のス・ズ・ツに対応する音節の母音が/i/に変化していないこと(例:「すな(砂)」、「みじゅ(水)」、「まーちゅ(松)」)などが挙げられる。 また、沖縄語の多くの方言とは異なり、喉頭化の有無(/w/と/wʔ/、/j/と/jʔ/など)は弁別的ではない。ア行の/i/とヤ行の/ji/、ア行の/u/とワ行の/wu/の区別も明確でない(この辞書では区別せずに「い」「う」と表記する)。
金武方言のアクセント
名詞のアクセントは、3つの型(A型/B型/C型)が区別される(松森2009)。A型の語は、語頭から3モーラまで高い音調(H)が続き、4モーラ目以降が低い音調(L)となる(「ひさかた(足跡)」はHHHL)。B型の語は、単独で発話される場合、語末の母音が長音化してLH音調が付与される。(「ぬくじりー(鋸)」のピッチパターンはHHHLHまたはLLLLH)。C型の語は、語末の母音が長音化せず、語末2モーラにLH音調が付与される(「あちゃびちゃ(蛙)」のピッチパターンはHHLHまたはLLLH)。 動詞および形容詞のアクセントは、A型/C型の2つの型が区別される。音調付与のパターンは、名詞の場合と同様である。 この辞書では、ピッチの上がり目を‘[’で、ピッチの下がり目を‘]’で表記する。
表記法
この辞書では、かな/音素/IPAによる以下の表の通りの表記を用いる。各表記の対応は、次の表に示すとおりである。
なお、促音は、かな表記では「っ」、音韻表記およびIPA表記では重子音として表記する(例:うふっちゅ/uhuccu/uɸutt͡ɕu「大人」)。長音は、かな表記では「ー」、音韻表記およびIPA表記では「:」で表記する(例:ひー/hi:/çi:「火」)。
謝辞
この辞書に掲載している名詞のアクセント情報の大部分は、松森晶子先生がご提供くださったアクセント調査の音声データに大きく依拠しています。この場を借りて松森先生に御礼を申し上げます。記述や分析の誤りは、言うまでもなく筆者の責任です。
参照文献
池原弘(2004)『私の金武方言メモ』私家版.岡村トヨ(1994)『金武くとぅば』私家版
玉元孝治(2020)「沖縄北部・金武方言の分節音韻論」『南島文化』43, 1-15.
Tamamoto, Koji (2022). Kin (Okinawa, Northern Ryukyuan). In Michinori Shimoji (ed.) An Introduction to the Japonic Languages, 91-123, Brill.
松森晶子(2009)「沖縄本島金武方言の体言のアクセント型とその系列――「琉球調査用系列別語彙」の開発に向けて」『日本女子大学紀要・文学部』58, 97-122.
ローレンス,ウェイン(2006)「沖縄方言群の下位区分について」『沖縄文化』40, 101-118.