宮古語平良方言

宮古語平良方言

概要と系統

宮古語平良方言(Hirara Miyakoan)は、宮古島市の西里・下里・東仲宗根・西仲宗根・荷川取の5字からなる旧平良市街地で伝統的に話されてきた宮古語の一方言を指す。平良地域は琉球王国時代から宮古群島の政治的・経済的中心地であり、平良方言も宮古語諸方言のなかで権威方言的な位置を占めてきた。

図1 琉球列島における宮古島市平良の位置(下地 2026を用いて作成)
図1 琉球列島における宮古島市平良の位置(下地 2026を用いて作成)
宮古島市平良の西里、下里、東仲宗根、西仲宗根、荷川取を示す地図
図2 宮古島市内における5字:西里・下里・東仲宗根・西仲宗根・荷川取(下地 2026を用いて作成)

言語系統上、宮古語は日琉語族の琉球語派・南琉球語群に属する(Pellard 2015)。Pellard(2015)の分類(図4)では、宮古語はまず多良間方言と共通宮古語群に分かれ、共通宮古語群はさらに伊良部・池間方言群と中央宮古方言群に分かれる。平良方言は後者の中央宮古語群に属する。

日琉語族、琉球語派、南琉球、宮古の系統関係を示す樹形図
図3 日琉諸語の系統樹(Pellard 2015)
宮古語諸方言の系統関係と中央宮古語群に属する平良方言を示す樹形図
図4 宮古語諸方言の系統樹(Pellard 2009;セリック 2020: 33より)

言語的特徴

音声面では、他の宮古語諸方言と同様、平良方言は本土日本語諸方言と比べて複雑な音節構造をもち、子音 /m, n, v, ž/ が成節子音として機能する(例:/v.da/「太い」、/pž.tu/「人」)。このうち /ž/ は、音韻環境に応じて、摩擦雑音の強い [s〜z] から雑音性の弱い [sɨ〜zɨ] まで幅のある音声として実現する。また、/mm/「芋」や /nn/「似る」のように鼻音だけで構成される語もあり、一語は二モーラ以上でなければならないという最小語制約が認められる。

宮古語諸方言の韻律体系は多様で、複数のアクセント型を区別する体系から一型・無アクセントの体系までがみられる(セリック 2021)。平良方言には語彙項目を区別するアクセント対立がなく、一型アクセントとして記述されてきたが(平山ほか 1967)、本資料ではすべての語を「無アクセント」として記述する。

文法面では、平良方言は他の宮古語諸方言と同様に述語末尾型の語順を基本とし、副動詞を利用した節連結が発達している。また、主格・属格の =ga/=nu の選択には名詞句の性質が、対格の =a/=u の選択には統語環境と情報構造が関与し、示差的項標示がみられる。平良方言の形容詞に相当する語根(本辞書では便宜的に「屈折型形容詞」として品詞を指定したもの)は、情報構造に応じて名詞的または動詞的な形態統語的振る舞いを示す。このため、平良方言はスイッチ形容詞型言語(switch-adjective language)とされる(Koloskova & Ohori 2008)。

表記法

カナ表記は、沖縄県文化観光スポーツ部(2022)が定めた『沖縄県における「しまくとぅば」の表記について』を基礎とする。本辞書では、従来「中舌母音」として一括して解釈されることのあった音を、母音 /ɨ/ と子音 /ž/ の二音素に区別して分析する。

データ

本データは、東仲宗根出身の話者を対象として、2023年に沖縄県浦添市で収録した音声資料をもとに作成した。

参考文献

平山輝男・大島一郎・中本正智(1967)「琉球先島方言の総合的研究」明治書院。

Pellard, Thomas(2015)"The Linguistic Archaeology of the Ryukyu Islands." In Patrick Heinrich, Shinsho Miyara, and Michinori Shimoji (eds.), Handbook of the Ryukyuan Languages: History, Structure, and Use, 13–37. Berlin: De Gruyter Mouton.

セリック・ケナン(2020)「南琉球宮古語史」京都大学博士論文。

セリック・ケナン(2021)「宮古語のアクセント体系:レビューと展望」東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所共同利用・共同研究課題「日琉語族内的声調類型論の再構築」2021年度第2回研究会発表、2021年8月7日。

沖縄県文化観光スポーツ部(2022)「沖縄県における『しまくとぅば』の表記について」https://www.pref.okinawa.jp/bunkakoryu/bunkageijutsu/1022484/1009625.html

下地理則(2026)Text-to-Map Generator(テクスト→地図ジェネレーター)[コンピュータ・ソフトウェア]. https://doi.org/10.5281/zenodo.21766019

平良方言を中心とする研究

本永守靖(1972)「平良方言の音韻法則」『琉球大学教育学部紀要』16(1): 15–21.

本永守靖(1973)「平良方言の動詞の活用」『琉球大学教育学部紀要』17(1): 27–41.

本永守靖(1978)「宮古平良方言の形容詞」『琉球大学教育学部紀要』22(1): 45–53.

柴田武(1981)「沖縄平良方言の音韻体系」『方言学論叢1 方言研究の推進』三省堂.

平山輝男編著(1983)「琉球宮古諸島方言基礎語彙の総合的研究」桜楓社.

狩俣繁久(1992)「宮古方言」亀井孝・河野六郎・千野栄一編『言語学大辞典 第4巻 世界言語編(下―2)』848–863、三省堂.

有元光彦(1995)「宮古島・平良方言の規則動詞の語彙音韻論」『日本文学研究』30: 1–15。

狩俣繁久(1997)「宮古方言」亀井孝・河野六郎・千野栄一編『言語学大辞典セレクション 日本列島の言語』388–403、三省堂.

伊豆山敦子(2002a)「琉球・宮古(平良西仲)方言の名詞語末音と語形変化」『マテシス・ウニウェルサリス』3(2): 67–77.

伊豆山敦子(2002b)「琉球・宮古(平良)方言の文法基礎研究」真田信治編『消滅に瀕した方言語法の緊急調査研究(2)』35–97.

かりまたしげひさ(2005)「沖縄県宮古島平良方言のフォネーム」『日本東洋文化論集』11: 67–113。

狩俣繁久(2021)「宮古島市平良西里方言の格・とりたてと形容詞」文化庁委託事業報告書、152–184。

久野眞(2018)「宮古島旧平良市方言の音韻 補遺」『國學院雑誌』119(11): 130–148。

Chew, John J., Jr.(1976)"Standard Japanese and the Hirara Dialect: A Case of Linguistic Convergence." The Journal of the Association of Teachers of Japanese 11(2/3): 235–248.

Koloskova, Yulia and Toshio Ohori(2008)"Pragmatic Factors in the Development of a Switch-Adjective Language: A Case Study of the Miyako-Hirara Dialect of Ryukyuan." Studies in Language 32(3): 610–636.

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